1998年8月1日土曜日

「調整インフレ」についてもう少し議論をしよう

さかんに「調整インフレ」について議論されたが、反対意見が多く、また日銀総裁の否定的な見解発表もあり、最近は一段落の感がある。でもこの問題は、わが国を今後どういう方向に持って行くかという、きわめて本質的な問題を含んでおり、これでお仕舞いにするにはまだまだ早いように思う。

公債依存度がこれだけ増えてしまったいま、景気を刺激するにしても財政政策には限界がある。一方で、金利は既に「超低金利」となっており、更に金利を下げる余地はない。しかしマネーの的拡大をじて「期待インフレ率」を上昇させることができれば、名目金利は変化させずとも「実質ベース」で金利を低下させ景気刺激になる。これが「調整インフレ論」である。

これに対して「物価のコントロールは難しい」とか、「とにかくインフレは悪」との反論は多く出されたが、この調整インフレ政策が、世界経済にどのような影響を与えるのか、産業構造、不良債権問題との絡みはどうかなど、もうちょっと突っ込んだ議論があってもよかったように思う。二三の議論の材料を提起したい。

まず第一に、わが国で喫緊の課題である不良債権問題との関係である。金融機関の貸付残高で不良資産化している部分を公的資金で補填しようというのが政府の考えである。一種の「徳政令」であるが、最終的な負担者は誰かといえば、公的資金とは税金であるので納税者ということになる。負担比率は納税割合、すなわちほとんど「所得」に応じてである。一方、調整インフレ政策も金融機関の負債残高を実質で減少させるので不良債権問題の解決になる。ただ損失を負担するのは金融資産の所有者で、負担割合は基本的には資産残高に応じてである。公的資金による救済の場合、最終的負担の分担基準は所得の額(フロー)であるのに対し、インフレによる救済の場合は金融資産(ストック)の額となるのだ。わが国においては、所得格差より資産格差の方がはるかに大きいことを考えると、調整インフレ政策の方がより公平な負担方法といえるのではないか。

第二に、世界経済への影響である。インフレは円安を引き起こし、日本の輸出競争力を高め、景気回復を加速させる。一方アジア諸国の輸出には不利に働く。中国はこの機会に人民元を切り下げ、その責任を日本に押しつける可能性が高く、政治的には難しい判断となる。しかし日本経済はアジア経済の75%を占め、日本経済の成長なしにアジア経済の回復もあり得ない。また円安はサービス化が進んだアメリカ経済に対しては悪影響を与えることはない。「国際的責任」とやらを考えすぎて適切な行動をとらないことは、それこそわが国の国益を二義的に考えているとの謗りを免れないのである。

第三に、産業構造調整との関係である。インフレには産業構造の高度化を促進する働きがあることが知られている。産業構造の高度化のためには、就業者が効率の悪い業種から効率の高い業種にスムーズに継続的に移動しなければならないが、これは業種間の賃金格差によってはじめて可能になる。現代社会においては、賃金の下方硬直性があるため、この賃金格差を生じさせるには適当なインフレが必要であることが実証されている。逆に言えば、いまのようなゼロ・インフレ経済では、産業構造の高度化は期待できない。日本産業の10年20年先の国際競争力を考える場合、これは重要なポイントである。

以上、今回あまり議論されなかったと思われる二三の点について問題提起をした。「調整インフレ」議論を単なる技術論や善悪論だけで終わらせてはならない。

(橋本)